2009年12月29日火曜日

ドバイ

明日からドバイに行くことになりました。投資バブルに沸いていたドバイ、以前から言ってみたいと思っていたのでとてもよき機会を頂きました。

倒産寸前との噂もある国家を視察してこようと思います。


2009年12月25日金曜日

日本の首相 献金問題

http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_depth/8429596.stm

秘書らが自分の利益の為にやったものではなく、党の為、首相の為にやったことと考えてもおかしくないと思う。きたない政治のイメージが日本から消えない。

2009年12月24日木曜日

ドイツのデパート

http://www.dw-world.de/dw/article/0,,5042886,00.html

ドイツのデパートの12月の売り上げが昨年並み若しくは昨年以上であったという。しかし、今年のこれまでのデパートの業績を見ると、デパート大手のカーシュタッドの破産劇(結局、破産は免れたが)などやはり過去に見ないほど最悪である。

2009年12月23日水曜日

日本の車

http://www.japantoday.com/category/business/view/toyota-notifies-affiliates-of-plan-to-cut-parts-procurement-costs

日本の車は、他社より圧倒的に良いもの(車自体の品質及びそれに付随するサービス等)を他社よりも、圧倒的と言わなくても、安く売ることがこれまでも、これからも目標としていくことが必要でしょう。

どの会社が販売台数が多いか、売り上げが高いかといった競争にとらわれることなく、常に利益を出せる会社であり続けること、消費者の方々にこの会社の車でなければだめと思わせるブランドの構築、言うが易しだが、確り車会社の経営陣に考えてもらいたいことです。

入るのが簡単な大学

日本の大学は入るのが難しい、入った後は簡単に出られる。社会人として世界に通用する人材を輩出する大学はあるのだろうか。大学に入ったときは有能で、出る頃には無能になるというパターンが多い。日本の大学多すぎるのも問題で、入るのさえ簡単になりつつある。先ず、出るのを難しくする。そして大学の数を少なくし、本当に学びたい人だけが行くようにしたらいい。進路も考えずに、適当な気持ちで大学にいっても、社会で通用しない人間となることはよくある。

偏差値は今は入りにくさではかられる。これが大学の評価だと思われている。しかし、これからは出にくくさもその評価に入れたらいいと思う。

日本の教育を憂う、日本の未来を憂う。みな立ち上がらなければならない。

2009年12月22日火曜日

Hatoyama apologizes for not keeping some campaign promises

http://www.japantoday.com/category/politics/view/hatoyama-apologizes-for-not-keeping-some-campaign-promises

The top politician must not break their promises so easily. If he is the voter having voted because of the promise, he will by any mean try to keep the word. We have this problem: politicians are so 'far away' from the majority of the voters. The politicians are normally born into good families and grow up with no difficulty esp. moneywise.
Do they feel the pain of the people who keep their life just floating with the income below average, do they feel the pain of the people whose lives badly affected by the army locations, do they really feel the honest and urgent will of the people who really believed in the new government regime?

The answer is No.

It is WE who must change the country for better.

2009年12月21日月曜日

弟弟

有一个弟弟。作为哥哥我需要照料他,可是我和弟弟的间,其实这是相反。我常常以他为榜样。我愿望我有一点儿优点,可能教他怎么善于处世。这是到现在不可能。我是大约14岁的时候(弟弟10岁),他和我座了远距离火车去我祖父祖母那时在住的丰桥。在旅游上要几次换车。理想是我连他,事实我陪他了。一个理由是,他喜欢火车,知道火车的事情很好,最大的理由是他有胆量。我没有如同他的试试看的胆量。我考虑好,然后行动。弟弟会同时两个事。从学校他有时候被选择领导人。毕业后,也听说在他的办公室他的营业成绩第一位。纵然我做什么,他是我的前跑了。倘若他有什么问题,我打算帮他。我希望弟弟会以我的失败基本学习,那样我可能当一种的榜样。

2009年12月20日日曜日

経済の復興

経済の復興は政府、企業そして、大多数を占める消費者(国民)がキープレーヤーです。海外でやってる景気対策などより、日本の文化に基づいた経済の独自の復興策を真剣に追求すべき。僕らのような一国民が皆真剣に国のことを考えなければならないと思います。


ich habe viel idee

ich wunder wie guten Geschäftspartners zu finden. ich kenne einige Leute, dem, ich glaube, guten partner sein können. Manche Leute sind in außland, andere in Deutschland aber hatt kein Zeit. Nicht einfach...

2009年12月19日土曜日

一个好朋友

在德国学习的时,在学生舍里她住在了我房子的对面.我们都喜欢散步,游泳,不喜欢学习.我们的最大的爱好是喝咖啡聊天.有空她给我打电话还是敲门,说 咖啡,咖啡.考试之前,她和我学习很多到晚儿.我们考了连补考.我教她她不明白的问题,她教我我不明白的问题.特别,她的数学厉害,她非常地帮助了我.我们的课程从汉堡到上海移动的时候,她先向上海出发了.当天我送给她去飞机场帮她带行李去.在上海我们也一起学习.我们毕业了.每次我回去上海,我见面她和她丈夫一起吃,唱歌.上次我带在上海的时她说她希望去日本旅游.但是因为旅游准备时间不够,这次我们不可能.听说她最近换工作了.愿望她对新工作快着适应.

2009年12月16日水曜日

孤独

地元を離れると孤独を感じることが多い。別の土地で暮らしたり、自国の外で暮らしたり。家族も近くにいなければ、旧友もいない。友達はいるが自分の時間のあるときに皆が会えるわけでもない。昔は孤独を感じるのとがイヤだった。寂しさを紛らわす為に、意味もなく外へ出て遊んでいた。

今は自分だけの静かな時間が持てることを感謝している。

孤独は苦しむものでなく、楽しむものである。自分の人生などについて考える絶好の機会である。
Day.5.5 知らぬ間に彼女に処分されてしまった。むなしい最後。。

Day.5 ほぼ枯れてしまった。残念。

2009年12月15日火曜日

Day.2 少しずつ育ち始めている。水の上げる量も分からないので、とりあえずいっぱい水を上げている。
Day.3 どことなく元気がなくなっているような気がする。ヒーターの近くにあるから乾燥してしまっているのだろうか。
Day.4 元気がない。太陽はあまり出ないのはコントロールできないが、水は一生懸命あげている。もしかするともっと栄養のある栄養を含んだ水などあげたほうがいいのかもしれない。

2009年12月11日金曜日

Day 1

市場で買ってきたカイワレのような植物。殆ど食べてしまったが、もう一度再生できるよう、窓辺において水を上げてみました。水をどのくらいあげていいかも分かりません。日にあまり当てないほうがいいのかもわかりません。すくすく育ってくれるよう祈ってます。タローとでも名づけてみます。

2009年12月7日月曜日

举办七七佛事

几天前举办了我爷爷的七七佛事。开了在日本不可能去,但看了我母亲给我送的照片。
今年10月21天我爷爷逝世了。我从上海回来的时候,从成田飞机场刚刚去他的医院见面他了。那时,他不会说,而动。第二天他去世了。
我觉得走运了。我去上海之以前,我会见面他两次,那时虽然情况不很好,可他会吃,跟我会话。 上海旅行的后,我也看见他。这是我最后次见他的时候,虽然他好像听不到什么我说似的,但是我对他耳朵说了,谢谢爷爷,对不起为了他我不可能做什么。我哭了。以后有人说,爷爷样的重病人还听懂。我希望他听懂我的话。几天以后,我送他去火葬场了。火葬后,他是几个骨成的了。我小的时候,他跟我玩了很多去旅游。现在他是只骨。人生是短。

結婚

5年くらい付き合ってきた彼女がいた。始めのころは全て問題なかったが、別れる最後の頃は喧嘩ばかりしていた。お互いに相手への思い(愛)が強かったのは確かだが、その思いをお互いを幸せにしようするベクトルへコントロールできず、お互いに傷付け合っていた。結婚も考えていた二人だが、別れることになった。様々な楽しみ、問題を共有してきただけに、別れるときは辛かった。カップルになる前は親友であった僕ら、お互い友達に戻ろうと決めたのだった。

今付き合っている女性はそろそろ二年目に入ろうとしている。お互いに結婚も考える。喧嘩も無いし、良いカップルだと思う。しかし、一定期間を経過すると、前の彼女のように問題が出てくるのではという心配がある。5年後はOKでも、10年後は?20年後はなど、この心配はいつまでたってもなくなるものではないのかもしれない。後は思い切りの問題だけだろう。